仏さまの教えは、特別なときだけではなく、私たちの「いま・ここ」の暮らしの中に生きてはたらいています。 喜びのときも、悲しみや迷いのときも、そのままの私を見つめ直し、支えとなってくださるのが真宗の教えです。
専念寺では、ご法事や年中行事、お講などを通して、仏さまのことばに耳を傾けるひとときを大切にしています。 どうぞお気軽に、明るい本堂の中でご一緒にみ教えにふれてみてください。
浄土真宗のみ教えは、「どんな私であっても見捨てられない」という阿弥陀さまの願いを聞く教えです。 自分の力だけではどうにもならない弱さや、思いどおりにならない現実を抱えながら生きている私たちに、 阿弥陀さまは「そのままのあなたを必ず救う」と呼びかけ続けておられます。
「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えるとき、その呼びかけにうなずき、阿弥陀さまにおまかせする私のすがたがあらわされています。
「光明は、あまねく十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。」
どこにあっても、どのような人生を歩んでいても、阿弥陀さまのはたらきは私たちを包み、見放すことはないと説かれています。
「ああ、弘誓の強縁、多生にも値いがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし」(『教行信証 総序』)
宗祖親鸞聖人は「このような仏さまの本願には何度生を重ねても遇うことはできない。 たまたま得られたこの教えに導いてくれた今までのご縁には感謝しかない」と大いに感動なさっておりました。
専念寺では年中行事やお講のほか、ご法事の折にも、ご法話の時間をいただいております。 仏法を聞く「聞法」は、仏さまからの語りかけに共に耳を傾ける大切なひとときです。
お念仏のみ教えにふれてみたい方、仏事やご法事について知りたい方は、どうぞ遠慮なくご相談ください。